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帰国後の交流・活動報告

JENESYS事後活動報告:東京から仙台、盛岡まで約600km歩きました!

アーロン リース モレリーニさん
2010年度オーストラリア日本語履修大学生 参加者

 2010年度のJENESYSにオーストラリアから参加したアーロンさんが今年9月、東日本大震災で被災した地域でのボランティア活動を終え、東京にあるJICE本部に来てくれました。バックパックに張りつけた布地には「東京から仙台まで歩きました」の文字。大切に抱えるギターには、被災地で出会った人たちからのあたたかいメッセージが寄せられていました。

 2010年にJENESYSで来日し、愛知県を訪れたときは、日本人の考え方や仕種、あいさつやお辞儀などに興味があり、習いたての日本語を駆使して、交流学生やホストファミリー、道すがら出会った人と、できるだけたくさん話したといいます。今回の旅でも、数え切れないぐらい多くの人と交流したようですが、一体、どんな旅だったのでしょうか。
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 アーロンさんは今年7月16日から約2カ月かけて、東京から宮城県仙台市、そして岩手県盛岡市まで約600kmの道のりを歩き、東日本大震災で被災した地域を訪れました。そして行き交う人に震災当時の様子を聞いたり、被災地でボランティア活動をしたりし、その一部を自身のブログで紹介しました。

 移動手段は、晴れの日も雨の日も両足のみ。一日に歩いた距離は平均約30km、ある時は50kmに及びました。「乗り物を使わず歩いたのは、たくさんの土地でいろんな人に出会って話したいと思ったからです。また東京から仙台、盛岡まで歩きぬくことによって、『できないことはない、できると思えばできる』という応援メッセージを、被災地の人たちに伝えたいと思いました」

 きっかけは2013年3月、JICEが実施した「アジア大洋州地域及び北米地域との青少年交流(キズナ強化プロジェクト)」でオーストラリアを訪れた、日本人学生との交流でした。JENESYSの卒業生として交流合宿に参加し、地震や津波、震災後の人々の暮らしなど、ニュースから得られない生の声を聞くうちに、「自分の目でも確かめたい」と思うようになりました。

 旅の途中、道行く人に声をかけたりかけられたりしながら、東京から茨城県にかけては震災当時の様子、福島県では原発問題に対する考えなどを尋ねました。アーロンさんが東京から歩いていることに驚き、家に招いて寝床を用意してくれた人もいました。歩き始めて1ヶ月、七夕祭りでにぎわう仙台では、キズナ強化プロジェクトの参加者との5ヶ月ぶりの再会も果たしました。

 そして次に向かったのが、津波被害のつめ痕が残る沿岸部でした。宮城県松島町から石巻市を経てたどり着いた女川町では、震災前に作られた地図を手に建物の屋上から町を見下ろし、変わり果てた光景に言葉を失ったといいます。以来、岩手県に至るまで、「私に何かできませんか」と声をかけて歩き、英会話教室や集会場の建設、仮設住宅に住む人のケアなどを手伝いました。そのひたむきな姿に地元の人も心を開き、地震や津波、震災後の生活について写真を見せながら話してくれました。

 「津波で家や家族、友人、仕事を失った人たちの体験談を聞くことは、肉体的にも、精神的にも、心理的にもとてもつらいことでした。けれど、すべてを失っても『生きているだけでも幸せだから』と前を向くみなさんには、本当に感動しました」。長い旅路を振り返りながら、被災地での心と心の交流を通じて震災を少しでも理解できたことに、達成感をかみしめていました。

 帰国後は、被災地での経験をより多くの人に伝えていくため、自身のブログに旅の記録をつづりたいと意気込みます。来年4月には佐賀大学への留学を控えているアーロンさん。「私にとって大切なのは人と人のつながり。佐賀でもたくさんの人と話して、日本のこと、日本人のことをもっとよく知りたいと思います」

((関連情報))
 旅の記録はブログより:Tokyo to Sendai Walk--Aaron Morellini