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学生たちがプログラムの経験を共有、議論し、報告書をまとめました
 
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・帰国後発信報告:
学生たちがプログラムの経験を共有、議論し、報告書をまとめました

アメリカ第3陣(高校生)引率者

 帰国後、学生たちがプログラムの経験を共有、議論し、以下報告書をまとめました。

*     *     報告書概要(被災地プログラム部分抜粋)     *     *

 私たちグアムの人々は、文化と友情をとても尊重しており、直訳すると「兄弟姉妹」となる「che'lu」が意味しているものは、「キズナ」と似ています。
 同校では、毎年約200人の学生が日本語のクラスを選択しています。そして、毎年日本から、9校の学生を招いて文化・スポーツ交流をしています。

 今回の東北地方訪問では、ボランティア活動をはじめ、地震や津波による被災地の視察、日本の文化や習慣に関して学ぶことができる機会ということで、非常に期待していました。
 そして、日本の人々と出会い、語学スキルの向上や新しいことを学ぶと同時に、絆を築きたいと思っていました。

 はじめに東京で受けたオリエンテーションでは、被災地を訪問するにあたり必要な心構えや注意事項について学びました。
 日本で発生した過去の災害についての講義では、1995年の阪神淡路大震災で助かった人々の64%が、隣人によって救われたことを知りました。東北地方においても、人々の団結がいかに重要であったかが伺えました。

 岩手県の陸前高田市に到着した時は、とても穏やかで平和な町という印象で、この地域が津波による大打撃を受けたとは信じられませんでした。
 しかしその後バスで2時間移動し、被災エリアである沿岸部に到着して目にしたものは、想像をはるかに超えていました。そこにあったはずの家や林は根こそぎ持っていかれて瓦礫の山と化し、自然がもつ破壊力の脅威を物語っていました。遺体の発見場所を示す赤い×のペイントが、いたるところで見られました。

 被災者の方々の心情を考慮し、写真の撮影には常に気を使い、ガイドの方に確認しながら行動しました。東北から移動し、他の地方に着いてからも同じ行動を続けてしまったほどです。
 ボランティアガイドの方は、私たちに自らの、そして地元の人々の被災体験を語ってくださいました。皆さんがもがき苦しみながらも、生きるため必死に耐えた壮絶な状況が伝わってきました。津波によって破壊された市庁舎の入口は、犠牲者の方々を追悼するための簡易的な神社となっていました。

 ガイドの方が、被災者の方々はもう未来に向かって前向きに歩み始めていると話してくれました。彼らはもう2度と、津波に流された愛する我が家を見ることはできませんが、溢れるほどの悲しみの中から希望を見出しています。
 7万本の松林の中で、唯一津波に負けず残った背の高い松の木は、「奇跡の一本松」と呼ばれ、希望のシンボルとなりました。
 また、山の頂にある神社には「希望の灯り(*)」を灯しており、人々の心の絆となっています。
 (* 阪神淡路大震災で「やさしさ」と「思いやり」、そして「生きている証」としての灯りを灯したいとの声を受けて設置されました。当時の被災地を巡って運んだ種火と47都道府県から寄せられた種火を一つにしたもので、その後起きた災害の被災地に分灯されています。)

 同じく被災地である大船渡市では製菓会社の重役とお会いし、彼が電話やデジタルカメラで撮ったという映像を見せていただきました。テレビのニュースで放映する一部制限されたものでなく、実際の被災者の方が撮影した、震災の全容を示す映像をはじめて見ることができました。
 限られたものでどう生き延びるか、そして、これからの社会に重要なのは、コミュニケーションであると学びました。そして、「家族や他人に親切にする」という当たり前のことを、どのような状況であっても絶対に忘れてはいけないと言われました。

 東北訪問では、震災が人々にもたらした被害に関して話を聞くだけでなく、実際に復興作業を手伝って学ぶこともできました。震災後しばらくの間、被災地は世界中から注目され、多くの国々から寄付やボランティアなどの手助けがありました。しかし時間が経つとともに、その注目も薄れていきました。
 残された人々は必死に復興へ向けた努力をしていますが、いまだ瓦礫処理に追われ、また多くの人々が仮設住宅での生活を余儀なくされています。私たちが訪れた陸前高田市では、まだほとんどの建物が被害を受けたままの状態で残っています。
 外国にいる多くの人々が、被災地は完全に復興したと考えていますが、まだまだ道のりは遠いように感じました。震災から1年が経ち、何トンもの瓦礫処理がなされましたが、まだ終わりは見えていません。以前の生活に戻るには、やるべきことがたくさんあります。すべての肉体的、精神的、そして感情的な問題が解決するには、さらに気の遠くなるような時間がかかると思います。

 このプログラムで私たちは、日本そして東北地方について、期待していた以上に多くのことを学びました。2011年3月に起きた大震災以降、被災者の人々は力強く生きてきました。彼らが、失ったものについて冷静に話すことに驚かされました。そこには、悲しみを聞いてもらおうとする代わりに、困難に耐えながらも強い絆で前向きに生きようとする姿がありました。
 私たちは皆、できるだけ被災者の方々の役に立ちたい、ボランティア活動をしたいと思っていました。しかし、彼らの前向きさや強さに触れ、かえって私たちが元気をもらいました。また、「時は金なり」「無の美しさ」「命あることの喜び」を学びました。
 このプログラムに関係したすべての方々に心から感謝しています。私たちにとって非常に大きな経験となりました。自分の生活を見直し、普段、当然だと思っていた小さな物事に感謝するようになりました。

 東北訪問で私たちが感じたことを共有して、グアムの人々に東北の状況を知ってもらい、防災への取り組みを進めてほしいと思います。私たちは皆高校生なので、まずは学生レベルからはじめてみようと以下のようなアイデアを考えています。

 ・毎年、日本語クラスではクラスTシャツを作るので、今年は陸前高田市の「奇跡の一本松」と漢字の「絆」をデザインにしようと決めました。同じデザインの車用マグネットやステッカーを作って売り、みんなの意識を高めると同時に、収益は陸前高田市に寄付したいと思います。もっと注目してもらえるように、バス停も同じデザインで塗るつもりです。
 ・地元のマスコミを呼んで、私たちのキズナ強化プロジェクト参加について放送してもらう予定です。
 ・学校長から、親、学生、教員を対象に、今回の経験についてプレゼンテーションを行うように求められています。
 ・学校の文化祭で発表する予定です。
 ・今年、日本から文化交流でやってくる学生たちに、「つながる」という歌を披露する予定です。また、この歌を日本語歌唱コンクールでも使う予定です。


 これで終わりにせず、私たちが得た「絆」や知識の発信を続けていきたいと思います。このプログラムで、日本人の復興に対する希望と決してあきらめない心に触れて、「絆」がいかに大切なものか気付かされました。学校や地元に協力してもらいながら、私たちも日本のように協調性を大事にできるようになりたいです。

 このプログラムで多くの重要なことを学びましたが、その1つに「希望」があります。どんなに悲惨な状況下であっても、希望さえもっていれば、いつでもチャンスがあるのです。
 日本の人々が一致団結して、決してあきらめることがないのは、「絆」があるからです。よりよい明日を取り戻すために、彼らは懸命に努力します。
 日本の人々の精神に触れて、私たちはより強く、そして謙虚であろうと思うようになり、今まで以上に日本に対する尊敬の念が強くなりました。
 キズナ強化プロジェクトでした経験を忘れることはないでしょう。

**     引率者コメント(被災地プログラム部分抜粋)     **

 ・今回の経験で非常に刺激を受けました。例えば防災に関する日本の取り組みについては、学生や市民にも積極的に共有し、取り入れていってほしいことです。グアムも津波と隣り合わせなのだから、避難経路が必要です。プログラムで見た津波の映像を学校でも流して、生徒に見せる予定です。教えたいことが山ほどあり、そこから得る可能性は無限です。

 ・このプログラムで、最も有益だったのは東北地方訪問でした。ここで行った視察や活動はすべて、日本文化をより良く知る手助けとなりました。
 注目すべきはなんといっても、被災者の方々から直接お話を聞き、そして津波の映像を見たことです。復興の難しさや人々の忍耐、そして彼らが他者に、そして社会に対してもつ責任感の強さを知ったことは、学生たちに「真の絆とは何か」を知らしめるまたとない機会でした。

 プログラムが始まってすぐに学生たちは、日本の人々のマナーの良さや礼儀正しさをすばらしいと感じました。そして次第に、日本人の気配りや責任感、思慮深さや寛大さについても理解していきました。日本の人々は言葉がなくても、ちょっとした身振りから相手の気持ちを察知し行動します。そして些細な出来事について不平を言いません。彼らは人生において何が大事なのかを知っている、成熟した人々であると思いました。

 このプログラムは、私たちに謙虚であることの素晴しさを教えてくれました。学生たちは、社会に対して望ましい、生産性のある人々になることを学びました。このプログラムで得た経験を今後どのように活かしていくか、その考えは無限にあります。洞察力を高め、面白く刺激的な授業を末永くやっていけそうで楽しみです。

 最後に、この素晴らしい機会を与えてくれた全ての皆さんに感謝したいと思います。
 「UN DANGKULO NA SI YU' US MA’ASE」
 (チャモロ語で「何から何まで、本当にありがとうございました」の意味です。)


その他、同プログラムの情報についてはこちらから