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 被災地について、地元の複数メディアに寄稿し、掲載されました
(長期)SAARC混成訪日団(大学生)
 
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招聘

・帰国後発信報告:
 被災地について、地元の複数メディアに寄稿し、掲載されました
(長期)SAARC混成訪日団(大学生)

 キズナ強化プロジェクト長期招へいプログラムで、パキスタンから来日している参加者より、被災地について地元の複数メディアに寄稿し、掲載されたとの連絡をいただきました。プログラムで2012年11月と2013年1月の2回、岩手県の被災地を訪問した経験に基づき、復興についての提案もまとめてくださっていますので、あわせてご紹介いたします。
 なお、パキスタン帰国後は、大学や高校での講演も予定しているとのことで、非常に積極的な発信活動をしてくださっています。どうもありがとうございます。

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   先日、岩手県の被災地訪問プログラムに、参加いたしました。滞在中のもてなしや案内、運営の素晴しさに大変感謝しております。
 私は、このプロジェクトの重要性と目的を理解しています。単にこのプロジェクトから公式に求められていることをこなすだけでなく、自分にできるあらゆる手段を用いて、情報を共有したいと思っています。私は主に復興への取り組みや教育、そして人々について、日本で経験したことを伝えていくつもりです。

 実際には、情報共有には4つの方式があり、私はこれらすべての方法を用いて、情報共有を図るつもりでいます。

(人的交流)
 すなわち、家族や友人、同僚、後輩などとの交流。
 家族や友人、同僚には口頭での会話を通して、大学の後輩や高校生たちへは、パワーポイントを用いたプレゼンテーションやレクチャーを通して、私の経験を共有したいと思っています。
 私が学士を修了した、イスラマバードにある大学では、3月6日から8日のいずれかで、学部生に私の経験について発表する予定となっています。
 その後、パンジャブ地方南部にある私の出身地バハワルプールにある母校の高校では、3月11日から15日の間に、先生や高校生たちへ私の経験について講演することになっています。
 これらの写真や講演の要旨を、改めて共有します。

(出版メディア)
 これにはさまざまな新聞、雑誌を含みます。パキスタンの全国紙にも、私の経験を掲載してもらおうとしていて、それが実現しましたら、リンク先をお伝えします。

(電子メディア)
 これはラジオ、テレビを含みます。2011年、2012年に何度も、私の研究成果について、ラジオ・パキスタンや、その他パキスタン国内のさまざまなFMラジオ局から取材を受けていますので、それらメディアに出演し、私の経験を伝えることになると思います。

(ソーシャルメディア)
 ソーシャルメディアは、いろいろなウェブサイトを含みます。すでにパキスタンで人気のあるウェブサイトのいくつかにコンタクトをとり、日本を訪れて経験したことを記事にして掲載されました。
 記事については下記リンクから、ご覧ください。(英語)
 ① The Voice of Youth
 ② Pakistan Educational News

 上記に掲載された記事の概要和訳については、以下の通りです。
2011年3月11日の津波発生後における、日本政府の見事な復興対応
 キズナ強化プロジェクトは、2011年3月に起きた大地震とそれに起因した津波に対する日本の復興への取り組みについて、特に若者を通じた世界の理解を増進することを目的として、日本政府により始められました。私はパキスタンを代表して、この参加者として選ばれました。

 プログラムの中で、岩手県の陸前高田市内にある津波被災地を訪れる機会があり、巨大津波後における日本政府の対応に大変感心しました。被災地のあらゆるところで、さまざまな種類の機械が、瓦礫を撤去しているのを目にし、復興プロセスも大変なスピードで進んでいるのがわかりました。
 被災地への訪問の際、地元の人々と触れ合う機会があり、その方々のあたたかいもてなしと親切さ、そして津波で失ったものを復興するのだという強い思いに深い感銘を受けました。言葉の溝は、日本のプログラム関係者の方が埋めてくださいました。
 私は被災者の皆さんに、私たちパキスタンの国民が、この震災で大変多くの人命や家が失われたことに対して胸を痛めているということ、日本の皆様の悲しみを同じように分かち合っているということ、そして、あらゆる手段で日本の復興への取り組みに寄与したいと思っているということを伝えました。その後、地元農家でのボランティア活動にも参加しました。

 また、日本の教育機関は、世界でも指折りのものです。教授の方々はとても好意的で、学生に知識を伝えるため最善を尽くしています。研究室には最新の設備と技術が備えられており、ここ日本で修士および博士課程を受けたいと思っています。
 産業界では、リサイクルを強力に推進していて、ある産業から出た廃棄物は、他産業での原材料になっています。また、温室効果ガスを、規定値以上は放出しない体制になっており、きれいで健全な環境が維持されています。セメント業界では、良質なセメントを市内の廃棄物や、下水汚泥から生産していました。

 日本人は謙虚で勤勉で、私たちを常に笑顔で迎えてくれます。特に、時間には正確です。日本には、緑豊かな地形を有する観光地や健全な環境、秩序だった都市があり、いつでもどこでも、安心感というものが感じられます。

 私の分析では、教育を受けたい、研究をしたい、あるいは旅をしたいと思ったら、日本はこれらすべてのカテゴリーにおいて最高の場所です。

 さらに、被災地の現状についての概要と、復興活動に役立つと思われる提案を、以下の通りまとめました。

(被災地訪問プログラムの概要)
 今回私が参加した被災地訪問プログラムは、2011年3月11日に発生した津波について、岩手県における影響を知ることを目的に企画されました。この大災害による被害について見聞し、それに対応する日本政府の復興への取り組みを学ぶことも目的としていました。

 現地で提供された資料によると、岩手県の産業界では6,087億円の損失があり、巨大な衝撃によるインフラ被害により、2,573億円が失われました。県内では、およそ4,671人の方が亡くなり、1,222人が行方不明、200人が負傷し、24,877棟の建物が破壊されました。
 視察先は、津波による甚大な被害を受けた陸前高田市でした。この市では、1,555人が亡くなり、232人が行方不明、3,341棟の建物が破壊されました。

 このような被害に対し、日本政府は多大な復興努力をもって応じました。復興に関しては、「安全の確保」、「暮らしの再建」、「なりわいの再生」という3つの原則があります。
 復興計画に関しても、3つの段階に分けられていて、第1段階は、緊急で短期の計画に対するもので、インフラ復興期間にあたり、2011〜2013年度に渡っています。第2段階は、本格的な復興時期で、中期計画を含み、2014〜2016年度におよびます。第3段階は、長期計画に対するもので、さらなる開発への移行期にあたり、2017〜2018年度の期間に渡ります。
 この復興計画によれば、陸前高田市は現在第1段階にあり、瓦礫の撤去を行うなど、さまざまな機械による大がかりな作業が見受けられ、復興プロセスも大変なスピードで進んでいました。

 視察地域は主に農業用地でした。この地では、11月から3月は農地が雪に覆われるため、年間の耕作期間はほぼ7カ月です。
 地元の農家の方の話によると、津波は15メートルの高さにまで達し、高台の土壌では塩分の含有量が高くなり、低地では、津波により表面の肥沃な表土が流され消失してしまいました。灌漑用の水路も破壊されましたが、現在ではそのほとんどが復元されています。
 土壌中の過剰塩分と、肥沃土壌の流出という問題の解決にあたり、河川の水で農地に灌漑が行われたり、肥料が施されたりしています。塩分の含有量が高い農地には、塩分が味を高めてくれることから、トマトも生育されています。硬い表土を取り除き、土地を柔らかくし、さまざまな肥料を混ぜ込んだりするなど、ボランティアによる活動も行われています。

 また視察中、津波で被災したご家族と触れ合う機会があり、その一家の手厚いもてなしや親切さ、そして、2011年3月11日の震災により被害を受けたが、必ず復興するのだという強い思いに、大変感銘を受けました。

(提案)
 ① 日本は地震の発生しやすい国なので、建築物は大きな地震に対しても耐性があるように建てられています。東京をはじめ、多くの都市が2011年3月11日の最大マグニチュード9という、大きな揺れにも耐えました。
 そのため、問題は地震というよりも、建物を洗い流してしまう津波です。そこで私は、建築物を新たに建てる場合には、巨大津波にも耐えられるだけの強度を持つ、コンクリート製の基礎と壁を用いて建てるべきだと考えます。

 ② 滞在中、電線を渡す数多くの電信柱が頭上を通っているのを見かけました。自然災害は、この種の地上電源供給を簡単に破壊し、住民と地元自治体との緊急連絡網を遮断してしまいます。
 被災地など、太平洋沿岸の地震活動が活発な地域に近く、危険が想定される場所での電力の供給は、耐震性のあるケーブルを用いて、地中に配備すべきと考えます。

 ③ 私たちのボランティア活動参加は、農業地域で行われました。津波後も農家の人たちは、トマトやキュウリといった、津波以前に育てていたのと同じものを栽培していました。
 土の化学組成を調べるため、農業専門家に土壌の分析を依頼し、現時点での土の組成に適した作物、また、土壌の地力回復に有用な対策を、提案してもらうべきだと考えます。

 ④ 今回の津波災害は、世界中の人々に、観光や教育、研究、ビジネスなどの活動において、日本が安全な場所ではないという印象を与えてしまいました。
 しかし私は来日後、日本には安全な地域が数多くあるということがわかってきました。確かに危険な地域もありますが、自然の美しさに溢れ、教育研究機関や工業地帯などが充実した、安全な地域がたくさんあります。ですから、こういう情報は世界に発信しなければいけません。
 ガイドブックや、テレビ・ラジオ番組等が、ハザードマップに基づいて、日本の安全な地域と危険地域を指摘しなければいけません。メディアはまた、ある特定地域においての自然災害の発生頻度と、将来の再発の可能性についても報道すべきです。こういった取り組みにより、日本全体が危険であるという誤った情報を、国際社会の人々が信じるようなことはなくなっていくでしょう。
   

その他、同プログラムの情報についてはこちらをご覧ください。